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081203:0040
部屋の整理の合間、久しぶりに18歳の頃に買ったコンポ(ケンウッドのAvino R-SE7というやつ)で音楽を聞いた。たぶん、バイト代を貯めて最初に買った大きな買い物だったように記憶しているけれど(11万円くらい?)、そうだとすると、ギターを買ったのは一体いつの事だったか。記憶がやや混乱。 iPodをソースにしてシャッフル再生してみたら、Radioheadの「15 Step」が鳴り始め、音を聞いた瞬間、ちょっとだけ驚いた。その響きに懐かしさを嗅ぎ分けるような聴覚を僕は持たないけれど、力強くて迫るものがある良い音だった。すぐにシャッフル再生をやめて、The Beach Boysの「Disney Girls (1957)」を聞き、Sly & The Family Stoneの「Everybody is a Star」を聞き、The Doorsの「When the Music's Over」を聞いた。なるほど、なるほど。 そもそも、なぜ僕がスピーカーで音楽を聞かなくなったかと言えば、これまでに住んでいた小さな家では物理的にも時間的にも個人的な趣味の音楽を再生することが難しかっただけの事だった。ちょうどiPodを持ち始めた頃でもあったので、ヘッドフォンで聞く行為を残念だとも特に思わなかった。 けれど、こうして正面から音楽で空間を震わせてみると、たしかに訴えかけるものがあるなと思う。あと、それと同じくらい強く意識するのは、こうして面と向かって音楽を聞くとき、スピーカーのLとRはいったいどちらに置くのが正しいのかという永遠の謎。ビートルズとか聞く時、皆気になりませんか。 081201:1542
日曜の夜、諸事情により四駅ほど歩いて帰宅したら、見事に風邪をひいた。頭痛い。自己管理能力ゼロな自分に反省。 諸事情を噛み砕いて言えば、友人宅から帰宅する途中に原付のタイヤがパンクしたのでした。交差点を過ぎるタイミングで、ハンドルに反して勝手に後輪が右へ滑りはじめたので、「……手品?」と認識した。そしてすぐに「……手品もしくはタイヤがパンク?」と思い直した。 途中、ガソリンスタンドを見つけ、給油中の店員さんに「すみません、この時間だと、タイヤとか見てもらうのって無理ですよね?」と尋ねたのだけど、背後にピントが合ってみれば巨大な「セルフ」の文字。店員さんに見えたその方は、作業着を来たただのお客さん。「時間というか」と微妙な優しさをたたえた返答があったので、僕も「……時間というか、セルフですもんね、ここ」と相づちを打ち、二人してよくわからない表情になった。 081201:0149
引っ越しの最中に本棚の足の土台がひとつなくなったので、いつまで経っても本が並べられない。すなわち部屋の片付けが進まず、部屋が片付かない事にはサイトの更新ができない。こんなに短い一文の中に一カ所間違いがあるよ。 仕方がないので、丸形のゴム四個と糸鋸を買ってきて、その足下辺りを自作した。Lv36の武道家を商人に転職するくらい、ひどく計画性の欠けた出来映えに、我ながらうっとり。ただし、ちゃんと足が四隅についたおかげで、震度2くらいまでなら耐えられると思う。震度2.5で全壊の恐れあり。 本を片付けられない分、DVD-Rを整理していたら、アルバムの形をした48枚収納のソフトケースを5冊使ってもまだまだ収まりきらない。昔は二週間に一度くらいバックアップを取っていた時期があるし、写真や音楽にはそれほど明確な捨て時ってないように思えるけれど、自分の作ったその他のドキュメントの有効価値というのは見極めが難しい。また、データの中にはMac OS 9の頃に愛用していたARENAというメーラのアーカイブなんかもあって、本気で将来にわたってこれを取り扱うつもりならば、Classic環境の稼働するMac本体を確保しておく必要がある。なんと大掛かりな。 12月6日までアンテナ工事が行われない事に業を煮やしたのか、気がつけば誰かが、テレビ画面に直接絵を描いていた。「うわ、これはすごい」と笑いながら別室の奥様に声をかけたら、「虫?」と声だけの応答があった。人の思考回路というのは謎に満ちている。 081125:0102
もうひと月ほど前の事になるけれど、今回の引越で、近くの家電量販店のサービスの質が今ひとつだったんだなと知った。こういうのって大きな買い物をしなければわからないものだ。まず、新居のために店で照明器具を六個買った。「三個は在庫が切れているのでお取り寄せになり、十日ほど頂く事になりそうです」と言われたので、もちろん構いませんと返事をした。二日ほどして、品物が揃ったと電話がかかってきた。 まぁ、それくらいの間違いはどうって事はない。「往復の交通費で豆電球くらいは買えるんだけどね」という皮肉を流暢なスペイン語で並べ(並べていません)、「いえいえ、どうせ用事もあったから。また揃ったらご連絡下さい」と日本語で答えて店を後にした。これが一つ目の話。 しばらくして、同じ店にテレビを買いに行った。東芝のモデルが全般的にコストパフォーマンスが良さそうだなと思って見に行ったのだけど、そのモデルが店頭在庫しか置いていなかったので、その場で安くなっていたシャープの春モデルに候補を変えた(興味のない分野の家電のメーカーにはこだわりがない)。 その場でアンテナ工事の見積もりも行い、平日に出向いてもらって電波の入り具合を検査してもらう事になった。ここからは、その家電量販店ではなく、契約先の地元の電気屋か工務店の対応になる。僕は留守だったので奥様が対応したのだけど、なかなかよろしくなかったらしい。 そうこうしているうちに、家電量販店のテレビを担当した人間から、とてもありがちなフォーマットだけど、顔写真つきでボールペンの手書きのハガキが届いた。「この度はナンタラカンタラ……、今後とも何かございましたらドウタラコウタラ……」とヒンズー語で記されている。いくら委託先の業務とはいえ、まだアンテナ工事は済んでいない(申し込んでも断ってもいない)のに、このハガキはあまり印象が良くない。こういう場合、文面が活字であれば、まだ「……ある程度高額な品物を買った客に対しては、自動的にこういうの出す仕組みなんだな」で済むんだけど、下手に手書きであるがため余計に「母さん、今日は『心がこもっていない手紙』の良質なサンプルを手に入れたよ」といった気持ちになる。 そうしたわけで、なんだか細かな出来事にがっかりした近頃だったけれども、新居そのものはとても快適。 |
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・一向に更新されない断片的風景、bicoid fragments。絶賛公開中! |
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