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2005.1.27(木) スゲー変な感じ

 ごぶさたー。まいどー。25日は、小さな頃からお世話になった叔父の告別式でございました。「ありがとうございました」とお別れをしてきました。親族一同が集まると、ajukiなんぞはまだまだ下っ端の若輩もので(わはは)、叔父、叔母はもとより、歳の離れたでっかい従兄弟からも、ajukiは小学生の頃のイメージが払拭されないままのようで…。てへてへ。いやー、いきなりおばさんになって現れてすまんこってすじゃ。おかげさまで小さな頃の思い出が、ぶわっと吹き出して、現実と思い出の狭間を意識がさまよってました。うはは。小さな頃は一緒にころころ遊んでいた従兄弟達とも、久々の対面でした。

 んでもって、親族一同が集まれば、それぞれの親子のスタンプ製造であるとか、縮小コピーだとか、そっくりさん大会だとか言い合って、で、で、でね、ちょっと離れた親戚になると、知ってるんだけど名前の思い出せない人とか、名前を聞いて、ものすごく思い出す人とか、どういうつながりの親戚なのかまだよくわかってなかったり、我々若輩者の知らない昔の世界の話とか、いろんな事が混ざり合って、スゲー変な感じです。

 26日は会議で新年度分の企画案をみんなで寄ってたかって考え中。さらに、新スタッフの方に原稿の一部をお願いしてみてるのでした。研修中ですな。3月の末に胆嚢切除の予定が決まったので、当面はそれに向けてお仕事調節中です。それまでに、みんながそこそこの実力を付けてもらえたらええなー。って、ちょっと短かすぎかなー。まーなるようになるじゃろうー。


2005.1.24(月) ちょいと、バタバタしております。

 えっと、先週から、ついに仕事が始まりました〜。予想通りというか、予想以上に、やっぱり雑用多し。トラブル多し。それでもajukiがいない間、頑張ってくれていたスタッフの皆様に感謝!会議の時には退院祝いにケーキを用意してくれていたお方も。ありがとう、ありがとう。しかし、会議の内容では、しばしば辛口コメントを入れねばならなかったりしたので、少々心苦しかったりして。すんませんすんません。

 で、週末に訃報が舞い込みました。叔父が亡くなりました。本日はお通夜でした。明日が告別式です。そんなこんなでちょっとバタバタしてます。ひとつよろしくー。


2005.1.17(月) デジカメ入院

 人の不調にワクワクしていたら、ajukiの背中がまた痛くなってきました。ひー。金曜日は会議に復活する予定で、レジメを作ったりしていたのに、ちょっと痛いやん。ひどくなる前に診察してもらうべしーと、会議をドタキャンしてでっかい病院へ。血液検査と、エコー。ちょうど入院していた時の担当の先生がエコー室にいて、直々に検査してくれはった。ラッキー。胆管に石が降りている形跡はなく、飲み薬で様子を見ることに。血液検査は異常なし。やった。てなわけで、土、日はゆっくりのんびりすごしました。痛みもなくなり、どうやら安心してもよさげな気がします。仕事もリハビリモードからボチボチ再開する予定〜。

 で、調子の悪かったデジカメをメーカーのサービスステーションに持ち込んできました。こちらは10日程度の入院だそうです。ajukiの胆石よりも時間がかかりますなあ。安静にしておいてもなおらへんし、しゃーないかー。

 本日は阪神淡路大震災から10年目(黙祷)


2005.1.13(木) お大事にー

 胆石仲間のチッタママが、片頭痛で胃も荒れて、お粥のご飯であったらしい。お大事にー。ajuki、入院中はおもゆ、そしてその後は、ずっとお粥でした〜。へんてこ師匠は、ついに変な病気発病か〜?後学のために、ajukiの入院記を早く完成させなければ〜。つーか、おかしかったら早く医者に診てもらえ〜。早ければ早いほど治りは早いぞ。きっとそんな気がするぞ。あ、ajukiは右往左往させられたけど、やっぱり最初は町医者に相談するのがよいらしい。でっかい病院は紹介状を持っていった方がよさげです。それで初診料もずいぶん安くなるらしいよー。たぶんたぶん。わーい、ワクワクするねえ。

 12月24日(金)クリスマスイブだというのに入院生活である。今年はローストチキンの予定であったが、残念無念じゃ。子供たちはいったい何を食べるのかなー。やっぱりちょっと心配かなー。とか思っていたら、全員でお見舞いに来てくれた。わーい、久しぶり〜って感じがするねえ。どうしてた〜?

 「あんなー、あんなー、きのうなー、お父さんがイルミネーションのところに連れて行ってくれたんやで〜!」とみーちゃん。なに〜!オムロンのイルミネーションか!ずるいぞ!ajukiも行きたかったのに。しくしくしくしく。おにーちゃんも行ったの?「ああ、行った」いつもいつも、どこに行くにもついていかへんのに、一緒に行ったんか〜。なんで?なんでや?淋しかったん?「ははははは」そーかー。淋しかったのかー。「なんでやねん」

 「それでなー、帰りにおもちゃ屋さんに寄るねん。クリスマスやし、ゲーム買ってええやろ〜」みーちゃんは、貯め込んでいたおこづかいを持ってきたらしい。自分で買うのか〜。太っ腹だなあ。じゃあ、行ってらっしゃーいと見送る。あー、ちゃんとお手伝いをするんだよ!宿題もしなあかんで〜!「わかってる〜」

 食事はお昼から5分粥になった。おかずも付いているが、「膵炎食」という制限食で、脂分が抜かれている。塩分もめちゃめちゃ少なめ。タンパク質も少なめだ。汁物に、野菜中心の煮物(油抜きされた肉、またはエビがちょこっと入っている)、副菜に野菜のあえ物、というのが基本みたい。あとは果物のデザートか、ゼリーが付いたりしていた。

 最初は形のある食べ物に喜んでいたんだけど、これがもう、どうしようもなく、まずいんである。薄味なら薄味で、もうちょっとやりようがありそうな気もするんだけど。病院の制限食に、おいしさを求めてはイケナイけど、死にそうにまずいのはツライ。入院中に食べたものでおいしいと感じたのは、五分粥とおもゆであった。それで思い出したのが、例の野菜たっぷり、おっぱいサラサラスープ。退院したら絶対に作るぞーと決心する。

 ちなみに、クリスマスイブの夜、デザートとしてウエハースがついてきた。個包装の袋にはメリークリスマスの文字が。唯一のクリスマスっぽい出来事でございました。味はまぎれもなく、ベビー用であったが…

 12月25日(土)点滴終了。針もはずされた。午前中にお風呂。朝風呂やーん。しかも一番風呂だった模様。風呂上がり、病室で髪をふいていたら、看護師さんがドライヤーを届けてくれた。どもどもありがとうございます。看護師さん達はとても献身的で、甲斐甲斐しいとはこういう方達のことをゆーのだなあと思う仕事ぶりなのでしたが、この後のajukiは点滴もなく、異常もなく、看護師さんも様子は見に来るものの、何も変わったこともなく、もの足りない風情で帰っていかれる。実に看護のしがいのない入院患者であったことだろう。

 担当医からは月曜の朝にもう一度血液検査をして、状態が良ければ月曜か火曜に退院できるだろうと告げられる。わーい。いつもより早く来て、早々に立ち去る担当医。その後、いろいろ漏れ聞く話をつなぎ合わせると、どうやら忘年会で、お医者様連中はとっとと帰ってしまわれた模様。えーなー。

 12月26日(日)月曜か火曜に退院できるかもーと、とーちゃんに連絡。そろそろ、何か困ったことがあったりしないか?「ないよー」なんでないんじゃ〜?ホンマにホンマに困ってへんのか〜!?「残念ながら〜」うわー、かわいくない、かわいくない。まあ、困ってへんのんやったらええけどー、胸中は非常に複雑である。「あ、みーちゃんが、おかーさんに連れられてお泊まりに行ったで」なに〜!?母ってば、大丈夫ってゆーてたのに、行ってくれたのか〜。「昨日はお鍋を作ってくれはった」そーかー。

 午後に母がみーちゃんと甥っ子を連れて、またまたお見舞いに来てくれた。ひえー。もう、たいへんじゃなぁ。なんか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そうそう、みーちゃん、米研ぎ当番はどうした〜。ちゃんとお手伝い、していたのか?「お手伝い、したで。えーっとごはんのー」「お米といだの?」「じゃなくって〜お茶碗」「洗ってくれたの?」「じゃなくって〜、洗ったのを、どこに片付けたらええのか、教えてあげた」うりゃ〜。それはなんの手伝いじゃ〜。

 しかも、昨日はお友達の家に遊びに行って、昼御飯も食べずに一日中遊びほうけていたことが暴露された。あああああ。母親がいないことで、しっかりしてくれるのではと思いきや、母親のいない都合の良さを知ってしまったらしいぞ。どうやら、宿題もあまり進んでいない様子なので、甥っ子に「みーちゃんが勉強するように見てやって下さい、よろしくお願いします」と頼んでおいた。やれやれー。

 12月27日(月)早朝に採血。結果が良ければ退院か〜?でも、いつ退院してもええでーとゆーてもらえるのやろう。もう本も読み尽くしたし、持ってきたパズルの本もずいぶん解いてしまって残り少ないし、飽きてきた。テレビのプリペイドも切れてしまった。退屈だ〜!プリペイドカードは残り度数によって払い戻しができるらしいので、もう一枚購入してテレビを見て過ごす。ニュースはどこも津波の話題だ。おそろしい。こんな映像は今まで見たことがない。流されていった人達のほとんどが、無事でいることは難しいだろうと思うと、どうにもやりきれなくなってくる。

 テレビをつけたり、消したり、パズルを解いたり、所在なさげに血液検査の結果を待つ。が、いっこうにお知らせはない。昼過ぎ、看護師さんが血圧を測りに来てくれた。「変わりないですね〜。もう、ずいぶん元気そうだし、退屈そう。」わっはっは。ええもう、暴れたくなるぐらい。「話では休み明けに退院って勢いだったのにねえ。血液検査の結果は出てるみたいなんだけど、先生がずっと検査に入ってるんで、なかなか結果を見てもらえないんですよ」そーかー。じゃあ、結果が良くても、今日退院という線は消えたなあ。

 どうも「すぐにでも退院します!」と、強く希望しておいた方がよかったみたいだ。「待っていたらいつになるかわからないから、検査室に患者さんを迎えに行った時に、結果だけでも聞いておきますねー」と看護師さんが気を回してくれた。ありがたい。結果は肝臓関係の数値は、まだ正常値には戻っていないらしいが、心配するほどではないらしい。翌日には退院できるだろうと言われた。やった!担当医は夕食後になって、やっと病棟に上がってきた。お忙しかったのやなー。やっと正式発表をしていただき、明日午前中の退院が決まった。

つづく


僕にもあるのかなあ?その乳首。ありますともー。おっぱいは出ないけど胆汁は出るね。見たり、触ったりできないのが残念?

2005.1.12(水) ajukiはまぎれもなく色黒であるが、尋常ではなかった?

 Mac miniかー!職場に欲しいなあー。みんなで頑張ったら、買えなくもない値段かも。京都の職場においてあるのは、ajukiのお古の8100だもの。置いてあるモノの、遅すぎて使えない。この前買ったデジカメが52000円だったし、そのうちなんとかなるかなー。Cubeみたいに、様子見している間に消えてしまいませんように。うはは。

 さて、顛末記は、ダラダラと長くなってしまったが、いつ終了するのか〜?暇にあかせて書いてるからエエか〜。皆さんも、ひまつぶしにお読み下さい。

 あとは安静と様子見だけとなってしまった入院生活。病院は9時半消灯、6時点灯である。検査&処置の当日は安静にするように言われたので、何もすることがなく、消灯とともに就寝。ajukiとしては、あり得ないほど早い。点滴がずーっとあって、夜中も看護師さんが取り替えに来たりしていた。なので熟睡した感はない。

 12月23日(木)まだ薄明るくなった頃に目覚める。この頃の日の出は7時頃。お日様より早く目覚めるのも、珍しすぎる。薄明るくなってから寝ることは多々あったけど〜。しばらくして廊下の電気が点灯した。早朝から血液検査のために採血。痛みなし。熱もなし。血圧も正常。血液検査の結果が良ければ、昼から流動食が始まるらしい。点滴もまだ続けられている。お茶は飲んでもよいらしいので、冷蔵庫に入れてあるペットボトルのお茶が唯一の飲み物だ。大事にちょっとずつ飲む。

 黄疸はまだ出ているようだが、全身のかゆみはひいた。「黄疸も徐々にひいてきますから、顔色とか、白目の部分とか、自分でもチェックしておいて下さいね」と言われる。が、「えっと、元々色黒ですか?」と担当医にも、研修医にも、何人もの看護師さんにも、ことごとく質問される。はい、色黒です。えーえー色黒なんです。色黒ったら、色黒じゃ〜。冬になっても、色黒じゃ。オセロの黒い方に負けないぐらい色黒じゃ。お出かけしてなくても、「いーねー、スキー焼け?」って言われるぐらい色黒ですともー。

 やれやれーと思いながら鏡でチェック。ぎゃー!これは元々の色黒と言うよりも、スゴク土気色だ。そして目の下にクマ。しかも恐ろしくでっかい。妙に黒いぞ、ワシの顔!わー。ホントに良くない状態だったんだなーと、やっと実感してみる。おそろしや、おそろしや。

 検査結果に異常がなかったらしく、昼から流動食が始まった。おもゆと味噌スープだ。あったかい。なんも食べてへんかったら、おもゆもおいしいや〜。ajukiがおもゆを作っても、こんなに上手にできないかも。痛みが始まってからずーっと食欲はなく、絶食していてもツラくはなかったが、温かいおもゆをおなかに入れたら、グルグルと胃が動き始めた。

 単調な入院生活の予感がヒシヒシするが、とりあえずは休養だ。こんなにゆっくりするのは、ものすごく久しぶり。しかも食事の用意も、洗濯も、掃除もしなくていいんですぜ、奥さん!しかし、これが温泉旅行だったら、もっとええのになー。

 夕方には母が来てくれた。家の方は大丈夫かとしきりに心配していた。「家に行って、なんか作ってきてあげようか?」いやいや、たぶん大丈夫でしょう。焼き豚を大量に作っておいたし、冷蔵庫には食料もいっぱいあるし〜。暖めたらええだけみたいなのも、たくさんあったハズ。とーちゃんは家で仕事をしているし、みーちゃんはお米研ぎ当番で、おにーちゃんは洗濯当番だ。きっと家の用事を手伝ってくれているにちがいない。ajukiは、みーちゃんがこの機会にすんごく成長してくれることも、願っていたりしたのでありました。

つづく


2005.1.11(火)2 いよいよ内視鏡〜。ストレッチャーで運ばれ、気分は重病人 

 どもども、まだ暇人なajukiです。顛末記は、いよいよ内視鏡検査に突入です。さて、いったいどうなってしまうのでしょう、わしっ!

 12月22日(水)午後。もちろん昼飯抜きで検査に突入。ストレッチャーに寝かされた。わーい。ガラガラのベッドだ〜。こんなものに乗せていただけるとは、恥ずかしいぞ。ものすごい重病人のようだ。メガネも外され、もう何も見えません。えーい、もう、どうにでもしてクレー、と覚悟を決めた時、弟夫婦がお見舞いに登場。ありがとー!挨拶もそこそこで、ガラガラと運ばれてしまう。ひー。

 内視鏡の処置室に入ったところで、まず、小さなコップで飲み薬。これはなんじゃろう〜?んで、またコップを渡される。「これは飲み込まないで、のどの奥の方にしばらく溜めてください。」ぎゃー、まるでとろとろのインドメタシン軟膏だ。飲み込まないように必死に努力して口の中にとどめていたけど、あんまり奥の方までは届かない。口の中の感覚がなくなっていく。吐き出して、「あんまり奥の方まではいかないですねー」とか言ってみる。「大丈夫ですよー、スプレーもしますから、はい、口あけて〜」と、シュッ。

 そして、台にうつ伏せで寝るように指示され。顔を横に向ける。口に丸形のマウスピース。わーい。タコの八ちゃん状態や〜。「頑張ってくださいね」とか、声をかけられる。返事できませーん。あ、せんでもええかー。足にも何かつけられているような?鼻にもなんかくっつけられたー。「酸素です」そーですか〜。そして、マウスピースがはずされる。…え?どーして、はずすんですかい?なんで?なんで?なんで?なんで?

 「終わりましたよー」え〜?そんなに一瞬で〜?というか、時間がワープしたんですか?というより、意識がなかったのか〜。眠ったような状態でというのは聞いていたけど、こんなにストンと意識が無くなり、処置後、すぐに意識が戻るなんて、聞いてないよー!「頑張ってください」って言われたのに、なんにも頑張れませんでした。なんにも、ちっとも覚えてへん。内視鏡すら見ていない。かくして再びストレッチャーで運ばれ病室へ戻る。ほんまにホンマにおしまいですか?病室には弟夫婦が待っていてくれて、母も到着していた。約40分ぐらいで戻ってきたらしい。やっぱりワープしたんや!これが今回の入院の、一大イベントだと思っていたのに〜。なんか、もったいないというか、悔しいというか、残念というか、良かったというか、もの足りないというか、気が抜けたというか、短すぎ〜!

 それでも、しばらくは安静にしているように言われる。しかし、トイレはふらついていない様子を確認後、すぐに歩いていってOKってことになった。担当医は夜7時半ごろに病室に来て、胆管の石が無事にとれた事を教えてくださりました。「5mmぐらいでしたよ」そーかー。たかだか5mmの石が、あんなに私を苦しめたのか。石め〜。しかし、エコーの結果では「2cmぐらいの胆石がある」ってゆーたはったのに、それはいったいどこにあるのでしょう。まだ胆嚢の中にあるのだろうか。はてはて。あ、取りだした胆石、もらえへんかった。残念。

 そんなこんなで、お気楽極楽な上に、恐いもの無しの入院患者の出来上がりとなりました。お見舞いに来てくれた実家の皆さん、どもども、お騒がせいたしました。てっへっへ。ありがとーねー。

つづく


・追記:文中のリンクより、わかりやすく的確なもの発見。まさに、このような処置が行われた模様です。

2005.1.11(火) 検査の説明。胃カメラよりゴッツイって本当ですか!?

 うちのとーちゃんは、ものすごく健康志向になったのでしょうか?血圧計をもらってきたり、体組成計を買おうと言い出したり。だもんで買いましたよ。体組成計。物珍しいので、一日に何度も量って遊んでいた連休でございました。あー、イヤでもダイエットしなければモードに突入するやんけ。しくしく。あ、でもいいことですね、はいはい。で、またまた胆石顛末記のつづきです!まだ飽きてない??

 12月22日(水)お昼前、担当医の先生と初めてのご対面。入院早々で即検査なので、その説明。いんふぉーむどこんせんと〜とかってやつですか。肝臓と胆嚢と膵臓と胆管と十二指腸の絵がすらすらと描かれ、病状と処置の説明。非常にていねいでわかりやすいが、それを全部書くとスゲー大作になりそう。ここの胆石症というのを参考にしていただければ、(なぜか音楽がなるけど)図解もあるからわかりやすいかも。これで閉塞性黄疸をおこしてまして、これが胆管炎になったりすると、敗血症へ進行して命に関わることがあるとかで、早急に処置しますとかなんとかかんとかだったと思う。

 んで、胆石なら除去、もし腫瘍であるならパイプで胆汁の道をつくり、腫瘍のサンプルを取ってくる。胆管の出口「十二指腸乳頭」は非常に小さいので、ここを切開して検査処置するわけです。へー、乳頭か〜。おっぱいでもないのに、なんで乳頭ってゆーのやろう〜?という疑問はさておき「それは胃カメラみたいなモンですか?」「ええ、そうですけど、胃カメラよりも太いですね」うひー。

 とーちゃんが胃カメラを飲んだ時、非常に苦しかったので、もう二度とイヤじゃ〜とゆーちょりますが、それよりゴッツイんですか〜。耐えられるのでしょうか?「でも、眠ったような状態で検査しますから、そんなに苦しくないですよ」おお、それはありがとうございます。しかし眠ったような状態?麻酔?麻酔のようなもの?「そうそう、お酒を飲む人は、稀にききにくいことがあって、ちょっと意識がある場合もあるようですが」うわ、それは御丁寧に、どうも。

 さらに、恐い話は続く。「で、これは十二指腸乳頭切開術というのですが、10人に1〜2人は向かない人がいて、その場合は腹部からパイプを刺して肝臓の方から検査するんですが、これは非常に違和感があります。」ほ〜、そうならないことを祈りたいです。「で、さらに、検査によって万一、穿孔、出血などという事態になった場合は、緊急に開腹して手術ということになります。」ひー、そうならないようにしてくださ〜い。「まあ、もしもという場合ですが、そういう場合もあるということを踏まえて、この同意書にサインをしておいていただきたいということです。」そうならないことを祈りつつ、同意書にサイン。

 「あと、膵臓も検査するのと、検査器によって多少のダメージを受けるので、しばらく絶食と点滴で膵臓を休めて快復を待ちます。血液検査の結果で、流動食から始めます」とのこと。内視鏡だからって、気楽ーに考えていたけど、危険性がないとは言えませんってことなのね。おっと、あかん、あかん。どよーんってするやん。きっと大丈夫だ。マイナス思考になってはイケナイ。ということで、おっぱいでもないのに、なんで乳頭ってゆーのやろう〜?という疑問に意識を集中して、検査を待つのであった。

つづく


2005.1.10(月) 20年ぐらい前に入院した時とは大違いで快適〜

 で、つづきです!入院書類に「お笑い芸人のような性格」と書けなかったajuki。「苦労人」とか「遊び人」とか「腹減った」って書かにゃあへんてこ師匠に進言されてしもうた。うんうん、というか、書けなかったことで「小心者」決定やーん。そんなこんなで、書類と入院グッズを持って、とーちゃんに連れられ病院に行ったのでございます。

 12月22日(水)朝、みーちゃんの登校を見送った後、すぐに入院すべく、とーちゃん運転の車に乗り込む。みーちゃんは明日から冬休み。おにーちゃんも、既に冬休み。考えてみれば絶妙なタイミングで入院することになった感じ。らっきー。病院の入院窓口で書類を渡し、病棟からのお迎えを待つ。

 そういえば、前日、この窓口で書類をもらう時、前に並んでいたにーちゃんが「入院は新館?旧館?」と聞いていた。「たぶん、すいていれば新館ですよ」と言わると、「よかったー。旧館だとオバケが出るって言われて〜」って、笑ってた。そーかー、オバケが出るのかー。それはそれで楽しいかもしれーん。などという話をとーちゃんとして笑っていたが、案内されたのは美しい新館だった。

 まずはナースステーションで「よろしくお願いしまーす」とご挨拶。その向かい側には食堂があって、食事は部屋で食べてもいいし、こっちに運んで食べてもいいのだそうだ。それと、車いすごと入れるトイレ。トイレも各部屋ごとにあるが、このトイレにはウォッシュレットがついていますとのこと。その隣はお風呂。おー、お風呂だ!やっぱりあるのかー。治療に差し障りがない場合は、入れるらしい。交代なので、毎日ではない様子。

 ここですよーと通されたのは4人部屋。カーテンも閉められているので、そこそこプライベート感もございます。2人の患者さんが入院されてました。これまた「よろしくお願いしまーす」とご挨拶。窓際のベッドが与えられた。テレビと収納のロッカー。テレビの下のテーブルの中には、なんと冷蔵庫も完備だ。(両方とも、プリペイドカードを購入することで使用可能)

 午後から検査があるというので検査着を着て、その上からパジャマを着ておく。妙な格好だけど、まあええかー。すっかりくつろぐajuki。看護師さんから、入院のしおりをもらったり、いろいろ質問を受けたりしながら午前中を過ごす。とーちゃんはお風呂グッズやハンガー、イヤホン、忘れてたお箸などを購入してきてくれたのち、仕事があるので帰ってしまった。

 で、入院患者のお決まり、点滴の開始。何を隠そうajukiの血管は細いのだ。肘の内側から採血する時も、百戦錬磨の方々ですら、うーむとためらわれるのが常でございます。点滴は左手首から約10cmぐらいの位置。そんなところの血管ってどうやって見えてるの〜?大丈夫なのか〜?やや不安に思ったものの、点滴をうちに来たお医者さんはプスリと見事に差し込んでいかれた。この場所は、針を固定しておけるので、スタンドをカラカラして移動できるし、据え針なので何度も刺しなおさなくてよい。20年ぐらい前に入院した時とは大違い。ものすごく快適。以前は点滴するたびに針をグサグサ刺されて、タコができたモンなぁ。途中でトイレに行きたくなっても動けないから、勝手にスピード早めて怒られたり。

 あー、入院か〜。不便だし、点滴されたら動けへんし〜と思っていた憂鬱感は吹っ飛ぶ。いろいろ快適になったモンだ。もちろん、空調も完璧で、心地よい。痛みもすっかり消えていたし、全身が黄色い以外は、何ともない感じ。かくして、お気楽極楽な入院患者の出来上がり〜。

 「検査の前後に採血しまーす」と看護師さんがきて、採血。案の定「細いんですねー。あ、点滴もしにくそう。すぐに入りましたか?」「うん、大丈夫でしたよー」「ほんと?一発で?」「うん、一発で!」はっはっは。その後、何度か採血がありましたが、だんだん血管が見えにくくなっているのに、皆さん、ためらうことなく一発で決めていただけました。たいへん、お上手でございます。

つづく


2005.1.8(土)2 自らを顧みる入院前夜

 さて、入院まではすったもんだの大騒ぎで、読んでくださったみなさんも、なんだか痛くて恐い思いをされたかもしれませんが、ここからはもう楽勝。笑いのネタ満載でございますよ(ほんまか?)

 12月21日(火)いったん、でっかい病院から帰宅し、入院の準備。あ、実家にも連絡しなければ!なんせ、いつまで入院しなければならないのかわからない。退院しても養生しなければならないかもしれない。30日の餅つきは、おそらく私の参加は無理だろう。とーちゃんは子供を連れて手伝いに行くつもりになってくれているので、明日から入院することと、餅つき参加状況を連絡。電話には弟が出た。母はバスで日帰り旅行に出ているらしい。

 もう既に妙に元気な気分になっていたので、おちゃらけつつ連絡したのだが、その後しばらくして母からTEL。モノスゴク慌てて、モノスゴク心配している様子が伝わってくる。どうやら弟が母の携帯にメールで連絡したらしいが、詳しいことがわからないので気が動転しているみたい。いろんなモノがカバンから飛び出し、バスの床にぶちまけられそうな勢いだ。うははは。大丈夫か〜?ともかく、「今は痛かったり苦しかったりはしてないよー」と伝えると、安心してもらえた様子。いやいや、いつまでたっても心配かけて申し訳ないねえ。

 んで、入院グッズを揃えねばならない。病院からもらった資料をチェック。入院にふさわしそうな前ボタンのパジャマと、滑りにくそうなスリッパは帰りに買い物してきた。あとは、イヤホン?テレビがあるのか?一人に一台?洗面器、シャンプー、リンス、バスタオル?お風呂もあるのか?洗濯用の洗剤…コインランドリーもあるのか?ホンマにいるのか?ホンマにホンマか〜?

 「適当にいると思うモンだけ持っていけ。ホンマに要るんやったら、あとでまた運んであげるし」と、とーちゃんに言ってもらったので、本当に必要と思われる、ひまつぶしの本を2冊と、夏に買ったのにたくさんやっていない漢字パズルの雑誌を詰め込む。へっへっへ。あとは、水筒、コップ、タオル、歯みがきセット。なんだか合宿に行くみたいだねー。あ、ゲーム機は持ち込み禁止か〜。ちぇー。

 入院に必要な書類も記入しなければならない。なんだか忙しい。入院の申請書に住所氏名を記入。はんこもポン。えーっと、それと看護士さんに渡す、患者状況把握の書類かー。自分の病状をどれだけ把握しているのか、介護が必要か、普段の生活状況はどうかを調べる質問が並ぶ。胆石が原因というのがわかったから、インターネットでも予習完了。経緯は長々しそうなので、書くのがめんどくさい。生活状況も、思わず謝りたくなるので書きたくない(こら)「書きにくかったら、全部は記入しなくてもよいです」という記述を見つけてパス(こらこら)

 さらに悩んだのが、「自分の性格をどう思いますか?」選択項目には「おおらか」に続いて「気むずかしい」とか「口やかましい」とか、性格の悪そうな項目がつらつら。これは「おおらか」しか選びたくないような気分がてんこ盛りだ。しかし、おおらかか?おおらかなのか?そんな言葉で片付けて良いのか?これは正確なajukiの性格を表すにはちょっとばかりもの足りない。えーっと、なんていうかなあ、そうそう、お笑い芸人のような性格。「うんうん、そうや、ぴったりや」というみーちゃんのお墨付きを得られたが、入院書類に書くには、さすがのajukiもためらわれ、空白のままにしておいた。

 この書類は、入院直後、担当看護士さんの尋問によって全てを埋められることとなったが、「えーっと、お話ししてたら、性格はおおらかそうな感じですよねー」って評価されて、おおらかにチェックしていただいた。扱いにくそうでなければ、それで良いらしい。よかったよかった。生活習慣については、あらあら〜という感じを表面には出さず、てきぱきと質問してくださった。とくに、一日の生活サイクルなんて、説明すらしたくないのでございましたが、なんとなく白状してしまった。あー、かっこわるー。

つづく


2005.1.8(土) マックホルツ彗星みたいな気がするものを探せ!

 たいしさん@華胥国領事館経由で知ったマックホルツ彗星。昨日は「すばる」のちょい右下あたりに見えるというので、とーちゃんは双眼鏡を引っ張り出し外へ。みーちゃんがちょうど1階に下りてきたので「彗星が見えるかもよ〜」と声をかけると、バタバタとまた二階に上がり、自分の双眼鏡を持って外に飛び出した。ajukiもあとに続く。見えるのか〜?つーか、そもそも「すばる」はどこにあるのだ。近眼この上ないajuki、路地とはいえ街灯が立ち並ぶ明るい夜空に発見することができるのか〜?ajukiに見えるものといえば、オリオン座ぐらいやで〜。

 何を隠そう、ajukiの車は、一代目も二代目もスバルだ。なので、「すばる」がなんとなくあ〜んなトレードマーク状に群れをなしているものだというのはわかっているが、夜空を見上げて発見したことなぞ、自慢じゃないが一度もない。とーちゃんは思いっきり頭上を見上げ、双眼鏡を覗いている。「すばる、発見!みーちゃん、あのへんやで、ずっと上の方」「あーわかった、わかった」えー!彗星はどうだ?暗いんやろう?見えるのか〜?ワシにも見せれ〜!

 心優しいみーちゃんが、双眼鏡を貸してくれた。どこじゃ〜。わからーん。「ちゃんとピントあわさなわからんって」って、とーちゃんにピントの合わせ方を教えてもらって、再度挑戦。わービックリじゃ!モノスゴクたくさんの星が見えるようになった。世の中は本当は星がいっぱいじゃ〜!美しい!グイッと頭上を見上げる。あ〜!あった!すばるだ、スバルだ、昴だ〜。初めて見た。嬉しい!感動じゃ!

 で、首が痛くなるまで頭上を見上げ探しましたが、彗星、よくわかりません。たぶん、あれとちゃうか〜?みたいな、うすーい、しろーい、もやーっとしたものが、あるような、ないような、うん、きっとあれやで、そんな気がするような、しないような〜というものを確認。双眼鏡ではやっぱり限界があるなーと感じつつ、観測終了。

 本日、空が晴れたらもう一度見てみよう。あのもやーっと白いものが、すばるの横に来ていたら正解だ。あーそれにしても寒かった。んで、首が痛かった。ずっと眺めていたら、後ろにすっころびそうじゃった。


試してみよっかな?あ!オッパイ出ないか。根性で出るかも!ぜひ試せ!絶対の絶対に!

2005.1.7(金)2 胆石による閉塞性黄疸への道

 さっき、職場に連絡したら、もうちょっと休んで、しっかり体制を整えようぜということになり、まだ暇人決定のajukiです。17日に血液検査があるから、その結果が良好であれば(たぶん良好じゃ!)徐々に復帰する予定となりました。ので、このたびの顛末記を書いちゃえー。胆石というのがわかるまで、地獄の苦しみの中で右往左往したんだけど、これも教科書通りのところが痛まなかったからでしょう。普通は右のおなかの上の方(肋骨の下付近)に痛みがあるようなのですが、こんな痛みもあるのだなーということで、おのおの方も参考にしてください(?)

 12月に入って年末進行全力疾走中、2、3度、背中がスゴク痛くなることがあった。しかし、すぐウソのように、なんともなくなる。なんだろうと不思議に思いながらも、仕事に埋没する。妙な病気だったらやだなあという気持ちは人並みにあって、年末進行が終わったら、医者に相談してみるかーという、そんな感じの出来事だった。

 ところがところが、急に、ぐっと痛くなった日があり、みーちゃんにマッサージしてもらう。痛む場所はちょうど肺のうらあたり。左右ともに均等に痛く、背中から胸にかけて、ず〜っと串刺しになっているような痛みだ。姿勢を変えても痛みがひくことがない。が、しばらくしたら、また復活。痛くない時には、全くの健康体と変わらない。なんじゃこれは???

 12月14日(火)数日ぶりに激痛。痛くて眠れず。変な病気発病かー。しかし、15日(水)は会議だ。しかも、ajukiが座長だ。痛みを堪えて職場に赴き、会議をこなす。いぜんとして痛みはひかない。職場の友人Sに「悪い病気かもしれない、ひょっとしたら入院もありえるので、よろしくー」と宣言。友人S、非常に慌てふためく。

 痛みはひかず、その日の夜、近所の医者へ。車を運転して自力で行った。待合室は満員。診察券を出して、駐車場に舞い戻り、シートを倒して寝っ転がって待つ。あまりにも痛く心細いので、とーちゃんの携帯にTEL。仕事の帰りによってクレーと懇願する。とーちゃんはすぐにすっ飛んできてくれた。

 その時の診察。「痛む場所は背骨からの神経の出口だから、内臓系ではなく、背骨の神経からかも。湿布して様子を見たらええんとちゃうか?」みたいな。それでも夜寝られないぐらい痛いというと、鎮痛剤も出してくれた。気になるなら大きな病院で検査をしてもらいなさいってことで、メチャメチャでっかい病院の整形外科へ紹介状を書いてくださった。「どーせなら、ちゃんとしたところで検査してもらわんと、意味がない」なるほどー。内蔵系でなければ、手遅れで死ぬことはなかろうと、ちょっと安堵。鎮痛剤を飲むと、薬が効いている間は動けるしー。でっかい病院は20日(月)に予約を入れてもらった。それまでに仕事を片付けるべく努力。

 16日(木)はみーちゃんの学校の個人懇談会。小学校はすぐ近くだが、車でお出かけ。ヨレヨレしながら先生と話す。「いや、実は調子がすごく悪くて、鎮痛剤によって動けています」みたいな話で盛り上がる。わはははは。

 17日(金)カタログ表紙部分を仕上げる。が、後2枚分の原稿がなかなかまとまらない。背中の痛みは消えつつあったが、なぜだか座っているのがすごく辛く、すぐに横になりたくなる。なんでや?

 18日(土)また背中が痛い。激痛だ。鎮痛剤は控えたいが、飲まずにはいられない。薬が効くまで寝る。体もだるい。食欲もない。なんだか全身がかゆい。トイレに行くと、スゲー濃い色!手を見る。黄色い。モノスゴク黄色い。黄疸やんけ〜!これは薬の副作用に違いないと判断し、鎮痛剤をやめ、次に痛み出した時には頭痛薬でしのぐ。とにかく、黄疸が出たからには動いちゃダメだ。これで動き回ったら死んでしまう。仕事も家事も放棄してひたすら横になっていることを宣言。家族全員、慌てふためく。職場にも、しばらく仕事ができない状態になったことを連絡。友人Sは「なんとかするから、しっかり病気を治してね」と元気づけてくれた。ホントに、いったい何の病気じゃ〜!

 19日(日)腹に手を当てると、肝臓付近が痛く、腫れているように思うが、鎮痛剤の服用をやめたら、黄疸は心なしかマシにはなってきている。背中の痛みはなし。食欲なし。

 20日(月)やっと検査だ。でっかい病院はさすがにでっかくて、迷子になりそうじゃった。一時間ばかり待たされ診察。初見では「背骨は関係なさそうや」じゃあ、この鎮痛剤を飲んで出た黄疸はどうしてくれよう?「そんな副作用の出る薬でもないけどなあ。とりあえずレントゲン。背骨と胸部ね。それと、血液検査もしておいで」とピラリと指示書を渡される。レントゲンでは異常なし。「だとすると、やはり内臓を疑った方がいいですね。心臓が悪いということもありえますよ。血液検査で肝臓の数値も悪いから、主治医ともう一度相談してね」って、診察結果の手紙と血液検査の結果を渡される。

 その日の夜の診察時間に、再度近所の医者へ。原因は背骨でもなく、黄疸も出ているという、予想外の展開で驚いておいでだ。そして、「あ〜、これは石かもしれない」とひらめいてくださる。「それならそれで、なんでその病院は整形外科から内科に回してくれんかなあ」とか、二人でぶーぶー言ってみたりする。「二度手間で申し訳ないけど、こうなったら、今度は消化器科に紹介状を書くから、明日もう一回行っておいで。間違いなく、入院になると思うよー」ひえー。

 かくして、翌日21日(火)再び訪れたでっかい病院の消化器科で診察を受け、エコーの検査。長いっ!そして「結石多数」という声が漏れ聞こえる。あら。結局、胆石が胆道をふさいで黄疸が出ている事、これは内視鏡でさらに検査し、処置する必要があること、すぐに入院しなければならないことを言い渡されました。しかし、残務処理や連絡事項があるので、入院の準備をするということにして、いったん帰宅。「夜はお粥だけね。明日は絶食で」と言い渡される。ほーい。食欲は全然ないので大丈夫だ〜。

 帰宅後、みーちゃんがお米研ぎをちゃんとできることを確認し、炊飯当番をおまかせした。おにーちゃんは洗濯当番だ。とーちゃんは、仕事を持って帰って、家でやる手はずを整える。ajukiも関係者に入院の連絡。が、すでに「ajukiさん倒れる」という情報が各所で飛び交っていた。きゃー。恥ずかしい。みんなにすごく心配をかけて申し訳ございません。というか、これで2、3日で退院しちゃったら、ひんしゅくものかも〜と思い、Web上での告知は控えさせていただきました。実はこの時、黄疸も峠を越えた感があり、痛みも全然なく、妙に元気でへらへらしていたのでございます。てへへ。

つづく

2005.1.7(金) みーちゃん冬休み終了

 みーちゃんの冬休みが終了し、今朝、元気に登校していきました。相も変わらず、休みの終了間際に残った宿題を慌てて片付けるという状態。ajukiの入院中、あれだけゆーとったのに、宿題さぼりまくるからじゃ!

 てなわけで、私もそろそろ仕事に復帰する準備を始めようかと思う今日この頃でございます。胆石よりも、腰痛がただ今現在の不安要素だったりするけど。しくしく。

 最近、野菜スープを毎日のように作ってます。キャベツ、じゃがいも、玉ねぎ、人参、大根等々、そこいらへんにある野菜を手当たり次第に刻んで、ストーブでくつくつ煮込んで、夕ご飯と朝ご飯に食べてますぜ。これはおにーちゃんが乳児の時にアトピー性皮膚炎がひどく、おっぱいをあげていたajukiがアレルゲン除去食(大豆、牛乳、卵、肉関連除去)をしていた時に作っていたのとほぼ同じもの。コンソメが使えるので、前より味付けが楽チンでおいしい。

 肉類をとらず、魚と野菜スープで暮らしていたら、あら不思議、おっぱいがサラサラとした感じに変化したのでございますよ、奥様!その状態から比べれば、それまでのおっぱいがこってり、脂っぽかった感じ。きっと、血液もサラサラになっているに違いねいと実感したんだったなあ。

 育ち盛り、お肉大好き人間が機嫌を損ねないようにもしなければなりませんが、このスープは頻繁に作って差し上げよう。特に冬は、温かいスープで一日が始まると、ちょっとええ気分〜。


2005.1.4(火) ヒマヒマ大魔王登場

 家には退屈大魔王がいることで知られるajuki家であるが、ヒマヒマ大魔王が増えました。ええ、私ですとも〜。ひま〜ひま〜。とーちゃん、ひまだよ〜。ひまひまひまひまひまひまひま〜。とやかましいので、とーちゃんがハリーポッターとアズカバンの囚人のDVDを買ってきてくれました〜!わーい。ヒマヒマ大魔王は暇にあかしてこれをあと数回観るでしょう。ほんでもって、第1作、第2作も再度観るのでしょう。んで、なぜか腰痛です。なんか、ぼろぼろですか、わし。ひーん。


2005.1.2(日) お年始まわり

 本日は、とーちゃんちの実家とajukiんちの実家に、お年始回りしてきましたー。食養生中と言いながら、うまいモンを食べまくった。お酒が飲めないのが、残念無念じゃ。いや、がまんがまんー。もうちょっとだけ、がまんー。

 そーそー、大晦日に降った雪は、うちの近くでは影も形もなくなっているのに、嵯峨野ではうっすらと、家の影になっている部分に残っていて、さらに、北白川付近では、屋根や道の端にしっかり残っていた。スゲー違う。スゲー寒い。いや、違うモンだなあ。大文字山は、大の文字付近が、おしろいを塗りたくったみたいに白く残ってて、ちょっと笑えた。うひひ。


2005.1.1(土) 新年!

 あけましておめでとうございますじゃ!病み上がりajukiは、食養生中でございます。お正月なのに、お正月なのに〜、とか思ってたけど、いわゆるおせち料理の精進系を食べてたら、すごくいい感じですぜ。白みそのお雑煮もOKだし〜。うまいうまい。退院できていてよかった。(こればっかり)

 てなわけで、本年も始まりましたね。こんなヤツですが、今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。


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