- 青戸さんのサイトを立ち上げたのはいつごろですか。そのきっかけは何ですか。
実は私は、1997年の4月の末頃、急に体をこわして1ヶ月くらい入院生活をすることになりました。入院中にちらっと見たスポーツ新聞の片隅に「青戸慎司ボブスレーに挑戦」というのを見つけて、病院のベットから応援(というか“懲りんやつやな。でもこういうことができるのは奴だけだしなぁ。”と)してました。私の退院後青戸を交え友人数人と我が家でBBQをしながら、「休職してボブスレーにかける」というので、他の友人と「もし長野にいけたら、応援に行くわ」という話をしたことを覚えています。
その後9月に海外遠征チームに選ばれた頃に「青戸慎司公式ホームページ」を立ち上げました。立ち上げたと言うより、URLを見れば分かるのですが、私の個人的なホームページの一部という形でスタートしました。もともとホームページを作ることに興味はあったんですが、内容をどうしようかと思って考えていたところに、いい“ねた”をみつけたという感じでした。中学時代からの腐れ縁の友人が長野オリンピックに挑戦する。それも日本人初の夏冬出場ということで。題材としては申し分ないと思ったわけです。
作ったときは、青戸自身はカナダに遠征中で頁を見れなかったのでプリントアウトしてファックスしたことを覚えています。
#これもどっかに書いてますが、青戸と私は中学一年生の時に同級生になり、二人してYMOにどっぷりはまってからの縁です。
- 1999年4月にaoshin.comになり、その中の「公式ページ」と見ると、いろいろなコーナーがありますが、サイトの内容は、どのように変わってきたのですか。
はじめは、訪れる人も少なく、内容も寂しいものだったんですが、テレビ(ニュースステーション等)で青戸慎司が取り上げられたりしたことから、徐々に訪問者が多くなってきました(訪問者が多いと管理人の血が騒いで、生半可なものをだすと恥ずかしいと思った様な気がします)。青戸からは青戸の友人達宛に海外遠征の様子を「あおしん通信」として配信されており、これをwebに載せることにしたり、訪れた人からメッセージをもらうことを始めたり、内容を徐々に増やしていきました。長野オリンピックが近づくにつれ各メディア(雑誌・テレビ等)で盛り上がってくると、ますます訪問者もメイルの数もすごくなってきました。ので1997年末に表紙のデザインを今見える(公式頁から昔の頁を参照)様な形に変更しました。
同じくらいに会社の同僚が善意で英語版の作成に協力してくれました。当時はほぼ毎日更新してました。
青戸自身も各マスコミの取材等の際にホームページの宣伝を行ったこともあって、マスコミの方からも多く取材のメイルが来ました。
オリンピック後は、青戸もどっか(昔の頁のあおしん通信の最後)に書いてありましたが、大きな仕事が一段落したという気持ちで、なにもする気が起こらずしばらくほったらかしでした。が、1998年の夏頃から再び更新を再開し、今度は掲示板とかチャットをできるようにしたりしました。
あおしんドットコムついては、もともと独自ドメインを取得しようと思ってたのですが、なにぶん一人で作成編集更新管理を行っていたので、そこまで手が回らなかったのが本当のところです。今年になって、いろいろ調べて簡単にとれることが分かったので、独自ドメインに移行することにしました。今度は少し落ち着いてじっくりと作っていけると言う気がしてます。こちらはこれから内容を充実させていくつもりです。
- サイトのデザインは、どのように(ご自分でアイデアを出すのですか。青戸さんと話す中で?など)構想を立て、作業をするのですか。
デザインはすべて私が考えています(時に青戸からクレームが出たり、ここをこうしてくれという注文を受けますが、)。自分が訪れて良かった頁からアイデアをもらったりしてます。
そんなに凝った作りにはしてませんが、紙で構想を練って、後は一気に。
当時からGolive社のCyber Studioを使用していますが、これを使うと頁作成から管理までできるので本当に重宝してます。
青戸とはメイルのやりとりはほぼ毎日のようにしてますし、時にはチャットで話をするくらいです。3週間に一回くらいで電話する程度。直接あったのは、年に3回くらい。最近では2月に幕張で行われたマックワールドエクスポTOKYOにいっしょに参加しました。
- サイトを立ち上げてよかったことはどんなことですか。逆に大変なことはありますか。「こんなことがあった」、というような面白いエピソードがあればご紹介ください。
よかったことは、いろんな人からメイルをうけとってほとんどは(当たり前ですが)「青戸さんがんばって」だったんですが、「管理人さん、ご苦労様でした云々」というメイルをもらったときは感動しました。(昔の頁のメッセージ集にあります)
自分が作った頁が多くの人に見てもらえたことがいちばんうれしいです。先にも書きましたが、ホームページはやっぱり題材が勝負ですので、その点で恵まれていたしタイミングが良かったんではないかと思います。
大変だったのは、メッセージが山のように来て一人でさばききれずどうしようかと思ったこと。
長野オリンピックに観戦しにいったときに、本当は現場中継ぽく更新しようと思ったのですが、雨でできずまた宿泊先の部屋にも電話線が来てなく断念し、次の日携帯で更新したこと。
本業の方でも忙しくなって出張先からも頁を更新したこと。
もっと大変なことがあったような気がしますが、あんまり覚えていません。
- サイトには、どのような人が来ますか。(ファン、関係者など)
今のところは、関係者が多いですが、以前はファンも多かったです。メディアに載ると一気に増えます。
- サイト更新の作業は、いつされるのですか(昼、夜、早朝など)。
最近は主に夜中とお昼休み。たまに休日の昼間ですが、家ではマイホームパパですので。
- 管理人さんは仕事もコンピューター関係をされているのですか。
仕事は、外資系製薬メーカーの研究員で、コンピューターを使ってはいますが、いわゆるコンピューター関連の仕事ではないです。